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東京地方裁判所 平成2年(行ウ)70号 判決

主文

1  被告が平成元年二月二八日付けでした

(一)  原告の昭和六〇年分の所得税についての更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、総所得金額を金五四六万九二七三円として計算した額を超える部分

(二)  原告の昭和六一年分の所得税についての更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、総所得金額を金二二八万七三五六円として計算した額を超える部分

(三)  原告の昭和六二年分の所得税についての更正のうち、総所得金額を金一三八万八六八四円として計算した額を超える部分

を取り消す。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを五分し、その三は被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

理由

第一  請求の原因1及び抗弁1は当事者間に争いがない。

本件において、被告は、いわゆる反面調査によつて把握した原告の仕入高を比準同業者の原価率で除して売上高を算出し、更に右売上高に比準同業者の経費率を乗じて算出した金額に、実額によつて把握した建物減価償却費、人件費、地代家賃及び利子割引料等の金額を加算して必要経費の金額を算出し、これらから係争各年分の原告の所得を算定し、右の推計課税の要件を含め立証をしている。これに対し、原告は、売上高、仕入高及び必要経費のいずれかについても実額であるとする額を主張して、立証をしている。個々の費目について実額が把握でき、これによつて所得が算出できるのであれば、近似値をもつて満足せざるを得ない推計による所得の算出を行う必要はなくなる。したがつて、本件の場合、原告主張の実額が認められるかどうかから判断していくことも充分考えられる。しかし、更正の適法性についての主張・立証責任は、被告にあり、被告のした推計にこれを適法とさせる要件が欠けていることが判明すれば、その余の点に立ち入るまでもなく、請求は認容されることとなろう。よつて、まず、被告の更正の適法性に関する主張・立証から検討していくこととする。

第二  本件調査の経緯等について

1  抗弁2の(一)のうち、被告が坂本係官に対し原告の本件各係争年分の申告所得金額等が適正であるか否かについて本件調査を命じたこと、同(二)のうち、同係官が昭和六三年中に本件建物に赴いた最初の日において、事前通告なしに本件建物に臨場して調査しようとしたこと、その際、原告は、伝票や領収書を整理してあるが仕事で忙しい旨述べたこと、このため、同係官は、調査のための次の来訪予定日を決めた帰つたこと、同(三)のうち、原告が次の来訪予定日の数日前に同係官に電話を入れ、予定の調査の延期を申し入れたこと、その際、同係官が資料を貸すよう要求したので、原告がこれを断つたこと、同係官が独自の調査をする旨を告げて電話を切つたこと、同(四)のうち、同係官が昭和六三年一一月二一日事前通告なしに本件建物において原告と面談したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

右事実に、《証拠略》を総合すると、次の(一)ないし(四)の事実を認めることができる。

(一)  荒川税務署の所得税第三部門に勤務する坂本係官は、同部門松本統括官から、原告の所得税につき過去長期間調査を実施していないので、その本件各係争年分の申告内容の適否を確認する必要があるとして、その調査(本件調査)を命じられた。

(二)  坂本係官は、本件調査のため、昭和六三年五月一三日事前通知なしに本件建物に赴き、その玄関先で身分証明書と質問検査章を提示して、原告の申告に係る所得税の調査のために訪ねた旨等を告げ、原告の本件各係争年分の記帳状況等について質問し、その提示を求めた。これに対し、原告は、帳簿はないが、伝票等を整理してそれに代えていると答えた。そこで坂本係官は、それでは伝票等について確認させてほしいと協力方を要請したが、原告は、どういう理由で調査に来たのか、どこが違うから来たのかを話さなければ調査には応じられないとか、申告については民商に依頼しているので、民商と相談しなければならないとか述べて協力要請に応じなかつた。坂本係官は、申告内容の確認が調査の趣旨であること、民商に依頼しているということは調査に応じない理由にならないことを述べて説得したが、協力を得られないため、原告に対し同月二〇日金曜日午前一〇時ころに再度臨場するので、右同日までに本件各係争年分の関係書類等を準備しておくように告げて立ち去つた。

(三)  原告は、同月一八日坂本係官に対し電話で、約束した当日は仕事が忙しく都合が悪いとの理由で、調査の延期方を申し入れた。坂本係官は、どのような納期の仕事なのか、都合の良い日はいつかを尋ねたが、返答がなかつたので、どうしても忙しいと言うならば前回依頼した関係書類等だけでも直接確認させてもらえないかと要望したが、原告はただ仕事が忙しいの一点張りで、これにも協力しようとする姿勢を示さなかつた。このため、坂本係官は、本件調査に対する原告の協力は望めず、原告のもとにある帳簿書類等に基づいて調査することは困難であると判断し、独自の調査を進める旨を告げて電話を切つた。

(四)  坂本係官は、右のとおり、原告から調査に対する協力が得られなかつたので、原告の取引先等についていわゆる反面調査を始めたが、これと並行して、昭和六三年一一月二一日再度本件建物に赴き、原告に対し、原告が忙しいのであれば実額の確認のため、帳簿書類等の提示だけでも行うことを求めたが、原告は、どこが違つているのか明らかにせよ、今は忙しくてだめだ、調査の理由を明らかにせよ、帳簿書類は自分の書類なので貸すわけにはいかない旨を答えるだけであつた。そこで、坂本係官は、これ以上は原告の協力を得て調査を進展させることが不可能であると判断して、独自の調査を進めざるを得ない旨いい置いて立ち去つた。

なお、原告本人尋問の結果中には、被告の係官が昭和六三年中に本件建物に赴いた最初の日は同年四月下旬であり、その日に予定を決めた調査の日が五月一〇日であつたが、例年よりも早めに大量の仕事が入つたために、その数日前に、予定された調査の延期を電話で申し入れたと述べる部分がある。しかしながら、証人坂本裕之の証言によれば、同人は本件調査の経過について記録を付けており、その日時等の証言はその記録に基づいてそのとおり述べたものであると認められるのに対し、原告は記録は付けておらず、もつぱら記憶と例年の仕事の時間的な繁閑から本件調査のために坂本係官が初めて訪れた日やその次回の調査予定日について供述していると認められるのであつて、必ずしも明確な記憶に依拠するものとは認められないから、原告本人尋問の結果中の右供述は措信し難い。

また、原告本人尋問の結果中には、被告の係官に非協力的な態度を示したことや、調査に応じないと言つたことはなく、関係書類の提示を断つたこともない旨供述する部分がある。しかしながら、原告の供述によつても、坂本係官に対し関係書類をそのまま渡すことは拒否し、原告において都合のつく代りの調査日を提案しなかつたことは明らかであるから、原告としても坂本係官が独自の調査をすることは予想したと述べているのであつて、仮に原告において調査に応じようとする態度を示していたのであれば、これを求めていた坂本係官の税務職員としての立場上、代りの調査日を決めたり、更に原告の協力の下で関係書類等の提示を得ようとしなかつたことは、到底考えられないところである。したがつて、原告本人尋問の結果中の右供述を措信することはできない。

2  原告は、本件調査が、税務調査と質問検査の客観的必要性がないのに、事前通知や調査理由の開示をせずに、原告の都合を無視して行われ、その結果非協力であるとして反面調査を行つた点において社会的相当性を著しく欠き、質問検査権の行使に許される法的限界を逸脱していると主張する。

税務調査のために納税者の事業所や住所等を訪問するについては、事前にその旨の通知をしておく方が調査の円滑な進行上望ましいことが多いと思われるが、事前に通知をした場合、納税者が実情を隠してしまうなどのことも考えられるから、調査の実効をあげるためには事前の通知をせずに調査に入ることもやむを得ない場合があり得る。したがつて、事前の通知をするかどうかは税務職員の裁量に委ねられているものというべきである。前記2のとおり、坂本係官は、昭和六三年五月一三日等に事前の通知をせずに原告方を訪れているが、そのこと自体は、同係官の裁量によるものであり、殊に調査を違法とするような事由であるとは認められない。そして、同係官は、同日一三日には、結局調査の目的を達することができなかつたため、次の調査を行うべき日の指定について原告の都合を訪ねて、調査への協力を求めており、一方的に調査に応ずるべきことを要求していたとは認められず、特に原告に対し悪意をもつて調査に臨んだものと認めるべき事跡はない。したがつて、本件調査に原告が主張するような事由のあることを認めることはできない。

第三  本件各更正の適否について

一  いわゆる推計の必要性について

《証拠略》によれば、本件調査に対し原告が右第二1に認定したとおり協力せず、帳簿諸票の提示も拒んだため、被告所部係員は本件各係争年分の原告の所得金額を実額で把握することができなかつたこと、そこで被告所部係員はやむを得ず、原告の取引先に対する調査によつて把握した仕入金額を基礎として、原告の本件各係争年中の売上金額及び一般経費を推計し、もつて所得額を算出したことが認められ、右事実によれば、本件各更正においていわゆる推計の必要性を肯定することができる。

二  推計の合理性について

1  《証拠略》を総合すると、原告は、叙勲の受章者向けの記念品及び贈答用品等の雑貨の卸売並びに漆器の販売及び加工修理等を営む個人事業者であつて、業務に必要な商品の梱包及び発送、漆器の加工等の業務に必要な作業を、自ら居住する本件建物内で行つていること、原告は、その業種について確定申告書等には漆器加工と記載していたが、実際には叙勲の受章者向けの記念品及び贈答用品等の雑貨の仕事の占める割合が多く、この仕事は、菊紋入りのダイキャスト製金盃、黄金茶釜、彫金の額等のメッキ製品や朱肉入れを他から仕入れて販売するもので、取引先である日興物産株式会社の受章者向けカタログ販売のため、同会社の指示で注文された商品に名入れ加工をしたり包装をして直接一般の顧客に発送するという形態ものであつたこと並びに原告のその他の事業内容が漆器の修理・加工や食器類の仕入れ販売であつたことが認められる。

2  原告が第一工業所こと大森和実から、昭和六〇年中に二五七四万七七五〇円、昭和六一年中に一二七〇万八五八〇円及び昭和六二年中に一〇二〇万一二〇〇円をそれぞれ下回らない金額相当の商品等を仕入れた事実並びに若泉漆器株式会社から昭和六〇年中に四一万九四六五円、昭和六一年中に九二万九四八二円及び昭和六二年中に四九万三七二五円をそれぞれ下回らない金額相当の商品等を仕入れた事実は当事者間に争いがない。そして、原告の若泉漆器株式会社からの昭和六一年中の仕入額が九二万九四八二円を超えて九七万九六〇五円に達するものであること並びに本件各係争年分の売上原価が被告主張に係る金額(昭和六〇年分二八二八万三四三五円、昭和六一年分一四七八万七五九二円及び昭和六二年分一一八八万六六一五円)を下回るものでないことは後記三の3(二)(2)のとおりであるから、右の被告主張額を次項の推計の基礎とすることに妨げはないものと認める。

《証拠略》によれば、次の(一)ないし(三)の事実を認めることができる。

(一) 東京国税局の阿部豊明担当官は、原告の取引先への聞き取り調査の結果、原告の事業内容が、日東物産から注文を受け、その指示により春と秋の叙勲で受章した者の記念品等(主として朱肉入れ及び金杯)を仕入れ、これに受章者の名前を入れるなどして、包装し、それを受章者に直接発送する業務のほか、漆等原材料を仕入れてこれに加工を加え、漆器として販売する業務も行つていることを認めたが、原告の仕入れ金額を基礎としていわゆる同業者比率によつて売上額等を推計するについては、原告の業種が特殊なものであつて、原告と規模の類似する業者で同様の事業を行つている者は極めて少ないと考えられたので、比較の対象として、最も近似していると思われる者を把握する他はないと判断し、次項のような通達を発することとした。漆器の加工業については、推計の基礎とすべき漆の仕入れが把握できなかつたこと、漆器の加工は一般に手間仕事であり、差益率が高いと考えられたので、これを同業者に加えなくとも原告に不利にはならないと考えられたことから、類似同業者の抽出をしなかつたが、原告の業務が、基本的には贈答品・記念品卸売業であり、その中でも特に、主たる取扱商品が朱肉入れと金杯ということであつたので、原告の事業の実体により近似させるため記念品である朱肉入れを扱つている印材卸売業を通達で抽出すべき類似業者に加えた。印材卸売業のほうが差益率が低いため、これを加えたことが結果としては原告に有利に働くこととなつている。

(二) 東京国税局長は、原告の事業所の所在する地域の近隣区域内を所轄する荒川税務署長及びその周囲の東京二三区内に所轄区域を有する合計三八の各税務署長宛てに、平成二年一二月三日付で「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について」と題する通達を発し、本件各係争年分につき次の<1>から<5>までのすべてに該当する者の全員を対象者として抽出し、a対象者(記号をもつて記載する。)、b売上金額、c売上原価の額、d一般経費の額、e売上原価率(cの金額をbの金額で除したもの)及びf一般経費率(dの金額をbの金額で除したもの)について報告すること、次の<1>から<5>までの各基準に本件各係争年分のすべての年分が該当する者のみならず、そのいずれかの年分にのみ該当する者であつても当該年分については報告するよう求めた。

<1> もつぱら贈答品・記念品卸業、あるいは印材卸売業(記念品となる朱肉入れ等を扱うもの)を営む事業所得者。

<2> 青色申告の承認を受けている者で、管内に事業所を有する者。

<3> 各年分における売上原価金額が、昭和六〇年分にあつては一三〇八万三六〇八円以上五二三三万四四三〇円以下、昭和六一年分にあつては六八四万四〇九三円以上二七三七万六三七〇円以下、昭和六二年分にあつては五三四万七四六三円以上二一三八万九八五〇円以下の範囲内にある者。

<4> 年を通じて右<1>の事業を継続している者。

<5> 次の(イ)ないし(ハ)のいずれにも該当しない者、すなわち、(イ)災害等により経営状態が異常であると認められる者、(ロ)更正若しくは決定処分を受けて当該処分につき国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していない者及び(ハ)更正若しくは決定処分を受けて当該処分に対する不服申立てがされ又は訴えが提起されて現在審理中である者のいずれにも該当しない者。

(三) 被告及び右各税務署長の担当者は右通達に従つて対象者を抽出する作業を行い、下谷税務署長ほか四署長から該当者について左の各事項の報告があり、被告を含むその余の税務署長からは該当者がない旨の報告があつた。

右報告のあつた各対象者についての(二)のbないしfの事項の内容は、次のとおりである。

ア 下谷税務署長

昭和六〇年分の対象者

印材卸売業者、個人(比準同業者A)

b 売上金額 二五五七万〇四四七円

c 売上原価 一八〇八万六一五二円

d 一般経費 二〇二万九〇八九円

e 売上原価率 七〇・七三パーセント

f 一般経費率 七・九四パーセント

昭和六一年分の対象者

印材卸売業者、個人(比準同業者D)

b 売上金額 二五五五万七五六七円

c 売上原価 一七七七万二八四六円

d 一般経費 一九三万三八四七円

e 売上原価率 六九・五四パーセント

f 一般経費率 七・五七パーセント

昭和六二年分の対象者

印材卸売業者、個人(比準同業者I)

b 売上金額 二四八三万五四八三円

c 売上原価 一六九四万七二二七円

d 一般経費 二二六万八三〇一円

e 売上原価率 六八・二四パーセント

f 一般経費率 九・一三パーセント

イ 神田税務署長

昭和六〇年分の対象者

贈答品・記念品卸業者、法人(比準同業者B)

b 売上金額 五〇一六万〇六七一円

c 売上原価 三四六三万八一五九円

d 一般経費 二九〇万一六一八円

e 売上原価率 六九・〇五パーセント

f 一般経費率 五・七八パーセント

昭和六一年分の対象者

贈答品・記念品卸業者、法人(比準同業者F)

b 売上金額 二八六八万〇〇〇一円

c 売上原価 二〇一二万四六七五円

d 一般経費 一四四万三一五一円

e 売上原価率 七〇・一七パーセント

f 一般経費率 五・〇三パーセント

ウ 葛飾税務署長

昭和六〇年分の対象者

贈答品・記念品卸業者、法人(比準同業者C)

b 売上金額 三二一八万七九〇六円

c 売上原価 二二一二万七四二八円

d 一般経費 三八一万〇四六四円

c 売上原価率 六八・七四パーセント

f 一般経費率 一一・八四パーセント

昭和六一年分の対象者

贈答品・記念品卸業者、法人(比準同業者H)

b 売上金額 三二〇七万六〇五二円

c 売上原価 二二二九万〇〇四六円

d 一般経費 四〇二万六八七七円

e 売上原価率 六九・四九パーセント

f 一般経費率 一二・五五パーセント

昭和六二年分の対象者

贈答品・記念品卸業者、法人(比準同業者L)

b 売上金額 二九五三万三二三四円

c 売上原価 二〇一四万七九〇五円

d 一般経費 三八〇万七四四一円

e 売上原価率 六八・二二パーセント

f 一般経費率 一二・八九パーセント

エ 浅草税務署長

昭和六一年分の対象者

印材卸売業者、個人(比準同業者G)

b 売上金額 一〇一七万九一六〇円

c 売上原価 七三七万二六八三円

d 一般経費 九四万八六〇九円

e 売上原価率 七二・四三パーセント

f 一般経費率 九・三二パーセント

昭和六二年分の対象者

印材卸売業者、個人(比準同業者K)

b 売上金額 九六二万一二六七円

c 売上原価 六五六万五一八三円

d 一般経費 九五万三七三八円

e 売上原価率 六八・二四パーセント

f 一般経費率 九・九一パーセント

オ 荻窪税務署長

昭和六一年分の対象者

印材卸売業者、個人(比準同業者E)

b 売上金額 一五四五万二二六〇円

c 売上原価 一一一七万一九三三円

d 一般経費 一三四万〇六〇一円

e 売上原価率 七二・三〇パーセント

f 一般経費率 八・六八パーセント

昭和六二年分の対象者

印材卸売業者、個人(比準同業者J)

b 売上金額 一五〇七万五四五〇円

c 売上原価 一〇七九万一九七二円

d 一般経費 一三二万七六三一円

e 売上原価率 七一・五九パーセント

f 一般経費率 八・八一パーセント

3  右二2の事実によれば、右2(二)の東京国税局長の通達は、比準同業者としてもつぱら贈答品・記念品卸業あるいは印材卸売業(記念品となる朱肉入れ等を扱うもの)を営む事業所得者であることを基準としたが、これは、原告の業とするところが、前記二1に認定のように、叙勲対象者の記念品・贈答品に若干の加工をして卸売をする他に漆器の修理・加工や販売をも行うという特殊性のあるものであつて、このような業種をそのままで照会しても到底同規模の比準同業者を抽出することはできないと考えられるところ、原告の主たる事業内容は、贈答品・記念品の卸業という範疇に入れることができるものであり、事業規模が類似していれば、その原価率等は一般の贈答品・記念品卸業者とそれ程異ならないであろうと考えることができるので、贈答品・記念品卸業者を比準同業者抽出の一基準とし、これに原告の事業が、主として朱肉入れと金杯を取り扱つているという特殊性を考慮して印材卸売業で記念品となる朱肉入れ等を扱うものを基準として加えることとし、原告の事業の一つである漆器加工業については、漆の仕入高を把握できなかつたこと、同業が手間仕事で一般に差益率が高いため、これを除外すれば、原告の所得を控えめに算出する結果となると考えられので、比準同業者の抽出基準としては除外したものであつて、右の同業者の抽出基準は、原告のような特殊性を有する業者について、これを一般的な業種に近似させるとともにできる限りその特殊性に配慮したものとして合理的なものであつて、これによつて事業規模が類似する業者がある程度の数をもつて抽出できれば、その原価率等の平均値は、原告の所得を推計するについて、優にこれを原告の事業の原価率等の近似値として採用することができるものというべきである。

事業規模の類似性について、右通達は、売上原価の金額が、原告の本件各係争年分の仕入金額として把握済みの金額に比して、概ね二分の一から二倍までの範囲内にある業者を対象として抽出するものとしており、このような基準によつて抽出された業者は原告と事業規模の点において近似性を備えたものと考えられる。

そうすると、右の通達による比準同業者の抽出基準は、業種の近似性、事業所の所在地域の近接性、事業規模の近似性の各点において、原告の所得を推計するについて優に比準するに足りる類似性を備えているものと認められる。そして、右通達にしたがつて報告された比準同業者の抽出件数は同業者の個別性を捨象するに足りる数に達しているものと認められるものであり、これらの事業者は、いずれも年間を通じて事業を継続する青色申告者であつて、その所得金額が確定したものであるから、右2(二)のbないしfの事項を算出する基礎となる資料の正確性も担保されているものというべきである。また、右2(三)の各事実によれば、比準同業者AないしLの売上原価率は最大七二・四三パーセント、最小六八・二二パーセントであつて大差はない。その一般経費率は最大一二・八九パーセント、最小五・〇三パーセントであつて、二倍以上の格差を生じているものの、原告が本件訴訟で主張する本件各係争年分の金額に基づいて計算してみても、一般経費率については最大一三・四四パーセント、最小五・七一パーセントという格差が認められ、変動幅が大きい点を考えれば、これをもつて右抽出結果の合理性を疑わせるような事柄であるとはいえない。

以上によれば、実額で把握した原告の仕入金額を基礎とし、本件比準同業者に係る売上原価率及び一般経費率の各平均値を用いて原告の係争各年分の売上金額及び一般経費の額を推計することには十分に合理性があるものと認めることができる。したがつて、被告が推計によつて算出したとする原告の係争年分の売上高及び一般経費の額は、その趣旨のものとして認めることができる。そして、原告の係争年分の事業専従者控除については、その要件及び額について争いがないから、原告の係争年分の特別経費として被告の主張するものが認められれば、本件各更正及びこれに基づく本件各賦課決定は適法なものということになる。そうすると、次には、被告主張に係る係争年分の原告の特別経費が認められるか否かを検討すべきこととなるが、被告がその主張の特別経費については実額を把握して主張しており、原告も被告主張額を上回る実額を主張していて、いわゆる特別経費については、被告主張の一般経費のようには売上高ないし仕入高との間に密接な対応関係があるものとはいえないから、その特別経費の存否については、原告の実額主張を検討する際に一括して判断することとし、以下では原告の実額主張が認められるかどうかに立ち入つて検討することとする。

三  原告の実額主張について

1  原告は、現金出納帳等の商業帳簿は、備え付けていないが、出金伝票、請求所、請求伝票、納品書(控)、納品書(領収書)、振込金受取書、明細書、領収証、レシート、各種証明書、各種通知書等の帳票類は保存していたとして、これらに基づき、本件各係争年分の売上金額、仕入金額及び必要経費の額の各実額を主張し、これによつて被告主張額を下回る本件各係争年分の事業所得金額及び総所得金額を主張する。

このように、課税庁が推計によつて把握した売上金額等について、原告が、これと実額とは異なるとして、所得金額において課税庁の認定額を下回ることとなる実額の主張・立証をする場合においては、推計によつて算出された額は、何といつても近似値に過ぎないから、実額が把握できるのであれば、それによつて所得税額を算出すべきである。しかし、このようないわゆる実額反証は、課税庁の推計に合理性が認められ、これによつて把握された所得額をもつて所得税額算出の基礎とすることが適法であるとされているのに、右のような実額が本来持つ優先性をもつて、その適法性を覆すものなのであるから、実額の主張・立証は、これを排斥するものとして完全なものでなくてはならない。すなわち、本件においては、その主張する売上金額があり、これを上回る売上げのないこと、その主張する売上原価があり、売上原価がこれを下回るものではないこと、その主張する必要経費があり、必要経費がこれを下回るものではないことがそれぞれ立証されなければならないものというべきである。

そこで、右の見地から、本件各係争年分の原告の総収入金額及び必要経費の実額主張のうち、被告が推計により認定した売上金額及び一般経費に対応する分については、その主張に係る事実の立証が尽くされているかどうかを検討する。

2  本件各係争年分の総収入金額(実額)について

(一) 売上金額(実額)について

(1) 《証拠略》によれば、原告が日東物産株式会社から、昭和六〇年中三三九八万九九二〇円、昭和六一年中一七五七万三三〇五円、昭和六二年中一五一〇万六六五〇円の売上げを得たことが認められる。

(2) 《証拠略》によれば、原告が第一工業所こと大森和実から、少なくとも昭和六〇年中三〇万八六四九円、昭和六一年中三五万一九九〇円、昭和六二年中二〇万四六〇五円、合計八六万一二〇〇円の売上げを得たことが認められる。

(3) 《証拠略》によれば、原告が昭和六〇年中に得た売上げとして、前野町定鮨二八万〇〇五〇円、石切町松寿司三万四八〇〇円、徳丸定鮨二万二〇〇〇円、すし屋の磯はん七万四九五〇円、福寿司五万六八〇〇〇円、三好鮨五万〇五〇〇円、文志一〇万一一五〇円、寿司かつ四万二〇〇〇円、風間一万二五〇〇円、貴寿司三一万五七〇〇円、新座寿司常九万〇五〇〇円、末廣鮨二一万三五〇〇円、清寿司二〇万一七〇〇円、氏名不詳者(上)五万五〇〇〇円、鮨恵七万六五〇〇円、魚くに一二万七五〇〇円、小石川金鮨三万三〇〇〇円、大ゐ川九万六〇〇〇円、T&T厨房機器サービス四万八〇〇〇円、鮨和一万六〇〇〇円、浜寿司五四万〇八〇〇円、鮨処内藤六万円、高尾鮨一万七〇〇〇円、河路工務店九万六〇〇〇円、八丁堀金寿司一〇一万〇六〇〇円、昭和物産五九〇〇円、富士見台菊寿司二万三五〇〇円、豊玉菊寿司一〇万円、元海一万五〇〇〇円及び朝日ずし二万五〇〇〇円が存すること、昭和六一年中に得た売上げとして、株式会社創美一五万四九〇〇円、小石川金寿司五万〇五〇〇円、末廣鮨一五万一九〇〇円、文志七万九一〇〇円、株式会社川勝二七万五〇〇〇円、八丁堀金寿司五八万四二〇〇円、寿し和一万五七〇〇円、鮨処内藤一七万七〇〇〇円、田無錦寿司七万八一〇〇円、魚くに二八万三〇〇〇円、昭和物産株式会社五〇〇〇円、五反野福寿司四万五〇〇〇円、豊玉菊寿司六万三〇〇〇円及び十条朝日ずし五万八五〇〇円存すること並びに昭和六二年中に得た売上げとして、株式会社創美一三万三六三〇円、株式会社川勝二〇万五〇〇〇円、尾久第六小学校三万九〇〇〇円、朝日ずし一万二〇〇〇円、氏名不詳者七万二九五〇円、田島竹寿司二二万〇四〇〇円、十条竹寿司四万二七〇〇円、八丁堀金寿司一七万三二〇〇円、魚くに一八万三五〇〇円、すし処助六鮨二四万一七五〇円、鮨和一万八〇〇〇円、磯むら一万三二五〇円、鮨恵五万六五〇〇円、小石川金寿司三万三〇〇〇円、竹寿司二五万一三〇〇円、鮨忠四万六〇〇〇円、団子坂寳来寿司二万一五〇〇円及び寿司源一万円が存することが認められる。

(4) 右(1)ないし(3)の本件各係争年分の単純合計額は、次のとおりとなる。

昭和六〇年分 三八一四万〇五一九円

昭和六一年分 一九九四万六六九五円

昭和六二年分 一七〇八万四九三五円

(二) 原告の係争各年分の売上金額の立証は、右のとおり、日東物産株式会社に対するものを除けば、原告方に保存されていたとする納品書綴四冊の記載を主な根拠とするものである。《証拠略》によれば、右納品書綴りは、納品書(控)、請求書、納品書及び物品受領書の四枚が一組になつて、五〇組綴られて一冊を成しており、一組の一番上にある帳票に所要事項を書き込めば、カーボンコピーにより、その下にあるその他の帳票にその事項がそのまま記載される仕組みとなつていることが認められる。納品書綴りがこのような仕組みになつていることからすれば、日々発生する取引を、納品の段階からそのままこの綴りに記載し、納品書を取引先に渡して物品受領書に確認印等を貰つてこれを受け取り、請求書を取引先に渡せば、右綴りはその取引については、用済みとなつて、後に納品書(控)のみが残ることとなる。そうすると、納品書綴りには、時系列によつて、原告の売上に関する取引がすべて記載されていくことになるから、原告が、すべての売上をこの綴りを利用して行つていたものであり、納品書の控えの残されたこの綴りが、そのようなものとして整然とした状態で保存されているものであるとすれば、その売上の事実についての証明力は高いというべきである。

しかしながら、《証拠略》によれば、原告の提出した右の四冊の納品書(控)の綴りには、年度の早い取引の記載された綴りの順に一〇枚、八枚、一一枚及び一〇枚の納品書の控えが脱落していることが認められる。原告は、本人尋問において、これは書き損じをして破いた分であると述べる。しかし、書き損じであれば、綴りによつて書き損じの多い分や少ない分があつて当然であると考えられるが、各綴りとも、ばらつきがなくほぼ五分の一に上る枚数が脱落しているのであつて、そのようなほぼ同数の書き損じが三年間にわたり必ず行われたというのは、不自然である。また、右綴りの構造上、前の取引の分の納品書控えはそのまま綴られているから、綴りは、使い始めの時以外はいつも何枚かめくつてから使用することになる。したがつて、書き損じの分を破り取らなければ書き込みが不自由のなるなどの理由はないから、その書き損じた分をいずれも全て破り取つたとする点も頷ける説明とはいえない。更に、原告は、本人尋問において、領収書の控えは保存されているはずであると述べており、右脱落部分が真に書き損じによるものであれば、その領収書控えを提出することによつて、その点を容易に立証できるはずであるのに、そのような立証を行わないのである。以上の諸点からすれば、右納品書控えの綴りにある五分の一に上る脱落は、その脱落部分にも原告の売上となつた取引が記載されていたが、何らかの理由によりそれが失われたものではないかとの疑いをいれる余地があるものといわざるを得ない。

そして、《証拠略》によれば、原告は右の河路工務店と同一であると思われる有限会社河路工務店から依頼を受けたコタツ盆及び竹花器の修理をして昭和六二年八月二六日に納品しており、その代金三万六〇〇〇円の支払を同年九月三〇日に受けた事実が認められるものの、これに関する納品書控え等の関係書類は原告からは提出されておらず、現実に原告の売上金額の主張に脱落のあることが認められる。

したがつて、原告提出の納品書綴り等の書証によつては、原告の売上がその主張額を上回つて存在しないとの点について、疑いの余地のない程度に立証が尽くされたとはいえない。

3  必要経費中の売上原価の実額について

(一) 原告が本件各係争年中に第一工業所こと大森和実から次の金額の仕入れをしたことは、当事者間に争いがない。

昭和六〇年中 二五七四万七七五〇円

昭和六一年中 一二七〇万八五八〇円

昭和六二年中 一〇二〇万一二〇〇円

(二) 原告が若泉漆器株式会社から昭和六〇年中四一万九四六五円、昭和六一年中九二万〇八二五円及び昭和六二年中四九万三七二五円をそれぞれ下回らない金額相当を仕入れたことは、当事者間に争いがない。

この事実、《証拠略》によれば、原告が本件各係争年中に次の(1)ないし(3)のとおりの仕入れをしたこと、その仕入商品の内容及び取引先の業種にてらし、その仕入れがいずれも原告の事業活動のために直接の関連性を有し、その事業遂行上必要的な支出内容であること及びその金額が社会通念上相当と認められる範囲を超えないものであることが認められる。

(1) 昭和六〇年中

ア 若泉漆器株式会社 六九万三七六五円

イ 佐竹辰五郎商店 四四万五五〇〇円

ウ 梅田漆器株式会社 一九万二四二〇円

エ 丸泉漆器店 一〇万〇六二〇円

オ 丸富漆器株式会社 三万三六〇〇円

《証拠略》によれば、原告が昭和六〇年一月一〇日同会社に対し一三万五六〇〇円を支払つたことが認められるが、昭和六〇年中の仕入れに係る支払いであるとは認められない。

カ 向硝子店 一万七五〇〇円

キ 見延商店 六万四五〇〇円

ク 株式会社岩瀬製作所 四〇万六二四〇円

ケ 有限会社北川商会 二六万八八〇〇円

コ 株式会社大穂製作所 一二万六〇〇〇円

合計 二三四万八五八五円

(2) 昭和六一年中

ア 若泉漆器株式会社 九七万九六〇五円

《証拠略》によれば、原告は右会社から昭和六一年一月から一二月までの間に仕入れた商品等の金額が合計一〇三万四七五二円にのぼることが認められる。原告の主張によれば、右の昭和六〇年中の仕入合計一〇三万七四五二円から合計一〇万七九五二円が控除されるべきであることになるが、このような金額の控除を認めるべき根拠は不明のままであり、立証も尽くされていない。したがつて、原告の昭和六一年中の右会社からの仕入れの金額は、少なくとも被告主張のとおり合計九七万九六〇五円であつたと認められる。

イ 佐竹辰五郎商店 五七万四五五〇円

ウ 梅田漆器株式会社 一八万四九〇〇円

エ 丸泉漆器店 七万七二〇〇円

オ 丸富漆器株式会社 二五万九九〇〇円

カ 向硝子店 三八〇〇円

合計 二一二万八九五五円

(3) 昭和六二年中

ア 若泉漆器株式会社 五一万一一六五円

イ 佐竹辰五郎商店 五二万〇四五〇円

ウ 梅田漆器株式会社 二九万一四五〇円

エ 丸泉漆器店 二一万八八五〇円

《証拠略》によれば、返品二万二七〇〇円があり、この分は仕入金額から除外される。

オ 元岡光漆堂 五万五〇〇〇円

カ 見延商店 一万二〇〇〇円

キ 向硝子店 一万四三〇〇円

ク 馬嶋屋 一万一五〇〇円

ケ ミヤザキ食器店 二万八〇〇〇円

合計 一六六万二七一五円

(4) 原告は、《証拠略》の領収書によつて、原告が昭和六〇年中に有限会社文志に対し一万七五〇〇円を支払つた旨主張するが、右領収書は宛名「上様」であつて、原告に宛てたものかどうかを確認できないから、これをもつて右事実を認定することはできない。

また、原告は、《証拠略》の領収証をもつて、昭和六〇年中に、橋本旗幕店に対し三万四〇〇〇円を支払つた旨主張するが、その支払は右領収書によれば、のれんの購入費用にすぎないから、原告の事業に係る商品等の仕入れとは認められない。

(三) 売上原価の金額を実額によつて算定する際に、たな卸の対象とすべきものが存在する場合には、そのたな卸の金額を仕入れの金額に加え、あるいは控除しなければ、本件各係争年分の売上原価を把握することができない。前年度の仕入分の残りがなく、当年度の仕入れに係る商品及び原材料等がその年度内に消費され、たな卸の対象とすべきものが存しない場合において、初めて期中の仕入れ額をもつて直ちに売上原価とすることができることはいうまでもない。

前記のとおり、被告においては、本件調査に対し原告が協力せず、本件各係争年分に係るたな卸の金額も実額で把握できなかつたため、原告の取引先に対する調査によつて把握した仕入金額をそのまま売上原価とみなして、原告の本件各係争年中の総収入金額を推計しているものであるが、原告においては、自ら売上原価について実額を主張する以上は、本件各係争年分の期首及び期末のたな卸が存するか否か及び存するとすればその金額を明らかにしなければならない。しかし、原告はこれをしていないから、結局実額を主張立証したことにはならないというべきである。現に、後記四の1(四)のとおり、原告は昭和六〇年から昭和六二年までの期間中、柳一夫から東京都荒川区《番地略》所在の木造二階建て建物の一室を賃借し、これを在庫商品等の物置として使用していたことが認められるから、期首及び期末のたな卸が、およそなかつたとは到底考えられないし、別表四に記載された仕入商品等については、それに対応する売上が確認できず、これらが売上から除外されたものでないとすれば、当然期末のたな卸として計上されるべきはずのものである。

そうすると、右(一)及び(二)の仕入れの各合計金額をもつて原告の本件各係争年分の売上原価の金額と同一視することはできず、単に仕入れの金額が被告主張の推計の基礎額を超えることが明らかにされただけでは、売上原価について立証を尽くしたとはいえない。

なお、係争各年分の仕入高実額が被告の主張額を上回つて認定できるのであれば、被告の推計の基礎となつている仕入高について、その仕入高実額を採用してこれに同業者比率を乗ずることにより売上高等を算出すべきではないかとも考えられるが、被告は、仕入高を基礎としていわゆる倍半基準により比準同業者を抽出しているのであるから、仕入高が異なれば当然抽出されるべき比準同業者の範囲も変わつてくる結果、これによつて算出される同業者比率にも影響の及ぶことが充分考えられる。したがつて、そのような見解はとることができない。

4  必要経費中建物減価償却費、人件費、利子割引料、地代家賃及び貸倒金等の特別経費を除くその余(一般経費)の実額について

被告は、経費のうち必ずしも仕入高等と密接に相関するものとはいえない個別的色彩の強い経費を特別経費とし、建物の減価償却費、人件費、利子割引料、地代家賃及び貸倒金などをこれに当たるものとして、これについては実額を主張し、その余の経費は、必ずしも個別的色彩が強くなく、仕入高と相関して増減するとみなし得るものとし、これを一般経費として、仕入高を基礎とし、これに同業者比率を乗じて推計している。これに対し、原告は、一般経費についてもすべて実額を主張立証するとして、公租公課、荷造運賃、水道光熱費、旅費交通費、通信費、接待交際費、修繕費、消耗品費、組合費、リース料、広告宣伝費、損害保険料及び雑費のそれぞれについて実額の主張をする。しかしながら、右の一般経費の実額主張は、原告の売上高又は仕入高の実額主張が立証されて初めて意味を持つてくるものであり、その立証がなかつた場合には、仮に被告主張を上回る一般経費の主張・立証をすることができたとしても、その上回る額に見合つて、被告主張額を上回る売上高が存在するはずであると見られるだけのことに終わることとなる(原告の売上高の立証が成功していれば、その売上高が、立証された一般経費に見合うものとされることとなる。)から、前記のとおり、原告主張の売上高が売上の全部であることについて、立証されなかつた本件においては、これ以上の検討を加えるまでもなく、原告の一般経費に関する実額主張は理由がないこととならざるを得ない。

これに対し、右の特別経費については、被告も実額を主張するのであるから、原告がこれを上回る実額の主張立証をすることができれば、これは有効な反証となり得る。

5  特別経費中建物減価償却費、人件費、利子割引料、地代家賃及び貸倒金等(特別経費)について

(一) 給料賃金

《証拠略》によれば、原告は、本件各係争年度中の昭和六〇年一月、五月、六月、一一月、一二月、昭和六一年五月、六月、昭和六二年五月及び六月に、いずれも臨時の従業員として丸山秀子及び稲葉敏子を随時使用し、このために両名に対して時間給計算で次のとおりの金額の賃金を支払つたことが認められる。

昭和六〇年分

丸山秀子(一月、五月、六月、一一月及び一二月) 五四万五六〇〇円

稲葉敏子(一月、五月、六月、一一月及び一二月) 三七万六〇〇〇円

合計 九二万一六〇〇円

昭和六一年分

丸山秀子(五月、六月及び一一月) 一九万六〇〇〇円

稲葉敏子(五月及び六月) 三万二〇〇〇円

合計 二二万八〇〇〇円

昭和六二年分

丸山秀子(五月及び六月) 七万四七〇〇円

被告は、原告が右の給料賃金を実際に支払つたどうかに疑いがあるとし、源泉徴収が行われていないこと、領収証の書式が同一であること、住所の記載がないこと、昭和六〇年六月三〇日、昭和六一年一一月三〇日及び昭和六二年五月三一日の領収証については、日曜日の給与賃金の支給であること、出勤簿等の提出がないこと等の不明な点が多い旨指摘する。しかし、その指摘する右各事情そのものは必ずしも右給料賃金が支払われた事実と矛盾するものではなく、ほかに右認定を妨げる証拠は存しない。

(二) 外注工賃費

《証拠略》によれば、原告において本件各係争年度中に、山口彫刻所こと山口寿生に対し彫刻の代金などとして、昭和六〇年中二六万〇九八〇円(五月、七月ないし一二月)、昭和六一年中一一万五一五〇円(一月、六月、一一月)、昭和六二年中一六万六四一二円(一月ないし三月、六月、七月、九月、一二月)、合計五四万二五四二円、有限会社北川商会に対し付台、こまし等の代金又は工事一式の代金などとして、昭和六〇年中二三万七〇〇〇円(八月)、昭和六一年中八万九六〇〇円(四月)、合計五四万六六〇〇円、西野塗装所に対し付台塗装の代金などとして、昭和六〇年中一五万九〇〇〇円(八月、一一月)、昭和六一年中七万一六〇〇円(四月)、昭和六二年中四万九三〇〇円(一二月)、合計二七万九九〇〇円、小室工芸こと小室昭吉に対し付台の代金などとして、昭和六二年中一五万八二〇〇円(二月、一〇月、一二月)、伊藤冷機工業所こと伊藤博司に対し昭和六〇年中七万円を、それぞれ支払つていること並びに以上の支払いはいずれも原告の本件各係争年分の事業所得に係る外注加工費としての性格を有する支払いであることが認められる。

そうすると、原告は本件各係争年分の事業所得に係る外注加工費として次のとおりの金額を支出したものと認められる。

昭和六〇年分 七二万六九八〇円

昭和六一年分 二七万六三五〇円

昭和六二年分 三七万二九一二円

総計 一〇八万七二四二円

(三) 減価償却費

(1) 本件建物について

イ 本件建物が事業所得を生ずべき業務(以下「業務」という。)の用に供される建物、すなわち減価償却資産であることは前記二2の事実から明らかであるところ、原告が償却の方法を選定したなかつたことは当事者間に争いがないから、その事業所得の金額の計算上必要費に算入する金額は、施行令一二〇条一項一号で定める定額法、すなわち、その「取得価額」からその「残存価額」を控除した金額にその償却費が毎年同一となるようにその耐用年数に応じた償却率を乗じて計算した金額を、各年分の償却費として原告の事業所得の金額の計算上必要経費に算入する方法により計算した金額となる(法二条一項一九号、四九条、施行令一二〇条一項一号、一二五条一号)。そして、原告らが本件建物を購入して取得したことは当事者間に争いがないから、その償却の基礎となる金額は、その購入の代価及びこれを業務の用に供するために直接要した費用の額の合計額を「取得費」として、その一〇分の一〇を「残存価額」として控除した残額である(施行令一二六条一項一号、耐用年数省令五条、別表第十一)。

ロ しかして、《証拠略》によれば、本件建物は、志賀芳江が昭和四六年四月一五日に新築した木造住宅であること(その新築価額が一七七万五六二七円であることは当事者間に争いがない。)、原告及びその妻である角まつ子が、昭和五五年一月一四日に中古の本件建物を一三八万〇三七二円で買い受けて居住を開始した上、その一部分を原告の業務の用に供していること(その取得時期は当事者間に争いがない。)並びにその時点において見込まれる使用可能期間の年数(耐用年数省令三条一項)は現在においては具体的に見積ることができなくなつていることが認められる。そして、本件建物は、原告らが購入した時点でその法定耐用年数二四年(耐用年数省令一条一項一号、別表第一)のうち既に八年九月を経過した中古資産であるものの、原告の事業の用に供された時点において見込まれる使用可能期間の年数は現在においては具体的に見積ることができないから、このような場合においては、右時点における新築時からの経過年数八年九月の一〇〇分の二〇に相当する年数を本件建物の法定耐用年数二四年の残存期間に加算した年数(一七年)をもつて本件建物の耐用年数と算定し、その定額法による償却率を〇.〇五八(耐用年数省令四条一項、別表第十)であるとするのが相当である。また、《証拠略》によれば、本件建物は床面積が一階部分二六・一二平方メートル、二階部分二三・四九平方メートル、合計四九・六一平方メートルの二階建て木造家屋であること、原告が、漆器加工作業は塵埃をきらい長時間を要するので、本件建物二階の一部一〇・五三平方メートルを漆器加工等の仕事場に専用し、その他にも一階の一七・二一平方メートル及び二階の一・六二平方メートルの部分を贈答品に係る業務の際の商品置き場と梱包作業のため住居と兼用していることが認められ、右事実によれば、本件建物につき原告の事業の用に供される部分の割合は四〇・二〇パーセントとするのが相当である。

ハ 《証拠略》によれば、原告において本件建物を昭和五五年一月に購入し、有限会社コオ工務店に対し、昭和五五年二月六日六〇万円、同年三月二九日一〇〇万円及び同年五月一五日一九万九〇〇〇円(右合計一七九万九〇〇〇円)を支払つて本件建物を改築し、二階の漆器加工等の仕事場に専用されている部分及びその余の兼用部分を含め、本件建物の構造及び造作がほぼ現況のとおりとなつたことが認められ、これらの事実によれば、右改装工事は本件建物を業務の用に供するために直接必要な内容のものでもあつたと認められる。

ニ 原告は、本件建物の新築時期が昭和四九年六月であると主張するが、その主張を裏付ける証拠はない。

また、被告は、本件建物の床面積が四九・八一平方メートルであつて、このうち事業所部分の床面積は三・五坪であると主張するが、正しくは前記認定のとおりであるから、その主張は失当である。

ホ 右イないしハによれば、本件建物の所得価額は三一七万九三七二円一三八万〇三七二円となり、その一〇〇分の一〇を控除した残額に前記の定額法による償却率〇・〇五八及び本件建物につき原告の事業の用に供される部分の割合〇・四〇二(四〇・二〇パーセント)を乗じた六万六七一七円が、本件建物に係る本件各係争年分の償却費の金額である。

(2) 簡易製版機について

昭和六一年分 八万六一三〇円

昭和六二年分 九万三九六〇円

イ 《証拠略》によれば、原告が昭和六一年二月一五日に株式会社ジャパンネットワークサービスから簡易製版機を購入し、その業務の用に供したこと、原告がオリエントファイナンス株式会社に対してした右簡易製版機に係る支払いの原因となつた契約はリース契約ではなく、右購入代金四五万円及び分割払い手数料七万二〇〇〇円についての立替払い契約であつてリース料ではないことが認められる。

そして、右支払いに係る簡易製版機は、原告が購入して業務の用に供した器具備品であるから、減価償却資産に計上されるべきものであり、その法定耐用年数は五年である(法二条一項一九号、施行令六条、耐用年数省令一条一項一号、別表第一)。原告がこれを購入し業務の用に供するために直接要した費用は右合計五二万二〇〇〇円であるところ、原告はこれについての償却の方法を選定しなかつたと認められるから、その事業所得の金額の計算上必要費に算入する金額は、施行令一二〇条一項一号で定める定額法により計算した金額とされ、その償却率は〇・二〇〇である(法四九条、施行令一二〇条一項一号、一二五条一号、耐用年数省令四条一項、別表第十)。そうすると、右簡易製版機に係る償却費の年額は、右合計五二万二〇〇〇円の一〇〇分の一〇を控除した残額を償却の基礎となる金額として、これに右償却率を乗じた金額九万三九六〇円、昭和六一年分については更に業務の用に供した同年二月以降の月数で案分した金額八万六一三〇円となる(施行令一二六条一項一号、一三二条一項一号、同条三項、耐用年数省令五条、別表第十一)。

なお、右簡易製版機に係る償却費は特別経費として、被告が推計した一般経費の外にあつたものと認める。

(四) 地代家賃

《証拠略》によれば、原告が昭和六〇年一月から昭和六三年一二月までの期間中、表正夫から鉄筋コンクリート造三階建ての同人宅の一階ガレージ部分を賃借し、これを原告の自動車の駐車場等として使用し、その事業の用に供しており、表正夫に対し同年一月右に係る権利金一万五〇〇〇円及び賃料月額二万二〇〇〇円を支払つたほか、その後昭和六二年一二月までの毎月右同額の賃料を支払つたこと、原告が昭和六〇年から昭和六二年までの期間中、柳一夫から東京都荒川区《番地略》所在の木造二階建て建物の一室を賃借し、これを在庫商品等の物置として使用し、その事業の用に供しており、同人に対し右期間中の賃料として月額三〇〇〇円をそれぞれ支払つたこと並びに原告が昭和六二年八月から一二月までの期間中、鈴木某から駐車場を賃借した上、これを原告の自動車の駐車場として使用して事業の用に供しており、右期間中の賃料として月額二万円を支払つたことが認められる。

そうすると、原告は本件各係争年分の事業所得に係る地代家賃として次のとおりの金額を支出したものと認められる。

昭和六〇年分 三一万五〇〇〇円

昭和六一年分 三〇万円

昭和六二年分 四〇万円

(五) 利子割引料

原告が、いずれも本件建物の取得資金に係る借入金の利子として、昭和六〇年中に日興信用金庫に対し七三万七五四八円、昭和六一年中に日興信用金庫に対し合計六九万六一〇九円、昭和六二年中に日興信用金庫に対し三六万四三二〇円及び王子信用金庫尾久支店に対し一四万七七五一円をそれぞれ支払つたこと並びに、いずれも運転資金に係る借入金の利子として日興信用金庫に対し、昭和六〇年中に二万四三五六円、昭和六一年中に五〇二八円をそれぞれ支払つたことは当事者間に争いがない。

そうすると、原告は本件各係争年分の利子割引料として、次のとおりの金額(右の所得資金に係る借入金の利子に本件建物につき原告の事業の用に供される部分の割合〇・四〇二を乗じた金額及び右の運転資金に係る借入金の利子の金額の合計額)を支出したものと認められる。

昭和六〇年分 三二万一〇九二円

昭和六一年分 二八万四八六三円

昭和六二年分 二一万三四四七円

(六) 右(一)ないし(五)の合計額

昭和六〇年分 二三五万一三八九円

昭和六一年分 一二四万二〇六〇円

昭和六二年分 一二二万二七三六円

6  必要経費中事業専従者控除額について

角まつ子が本件各係争年中原告と生計を一にする配偶者で専らその事業に従事するものであることは、当事者間に争いがない。

そうすると、本件各係争年分の事業専従者控除額として、次のとおりの金額が必要経費とみなされる。

昭和六〇年分(法五七条三項イ) 四五万円

昭和六一年分(同) 四五万円

昭和六二年分(昭和六二年改正法五七条三項イ) 六〇万円

四  本件各係争年分の原告の総所得(事業所得)金額について

1  以上の計算結果は、次のとおりである。

(一) 総収入金額

昭和六〇年分 三七六四万五二五二円

昭和六一年分 一九三三万六三二六円

昭和六二年分 一五四八万四一八三円

(二) 必要経費中の売上原価の金額

昭和六〇年分 二六一六万七二一五円

昭和六一年分 一三六八万八一八五円

昭和六二年分 一〇六九万四九二五円

(三) 必要経費中の売上原価並びに建物減価償却費、人件費、利子割引料、地代家賃及び貸倒金等の特別経費を除くその余(一般経費)の金額

昭和六〇年分 三二〇万七三七五円

昭和六一年分 一六六万八七二五円

昭和六二年分 一五七万七八三八円

(四) 必要経費中の建物減価償却費、人件費、利子割引料、地代家賃及び貸倒金等(特別経費)の金額

昭和六〇年分 二三五万一三八九円

昭和六一年分 一二四万二〇六〇円

昭和六二年分 一二二万二七三六円

(五) 必要経費中の事業専従者控除額

昭和六〇年分 四五万円

昭和六一年分 四五万円

昭和六二年分 六〇万円

2  右1に基づいて原告の本件各係争年分の総所得(事業所得)の金額を計算すると、次のとおりである。

昭和六〇年分 五四六万九二七三円

昭和六一年分 二二八万七三五六円

昭和六二年分 一三八万八六八四円

五  本件各更正及び賦課決定の適否について

そうすると、本件各更正及び賦課決定のうち、それぞれ右四2の総所得(事業所得)金額の範囲内で計算された額の部分は適法であるが、その余の部分は違法であることになる。

第四  結論

よつて、原告の請求は、昭和六〇年分更正及び賦課決定のうち課税総所得金額を五四六万九二七三円として計算した額を超える部分、昭和六一年分更正及び賦課決定のうち課税総所得金額を二二八万七三五六円として計算した額を超える部分並びに昭和六二年分更正のうち課税総所得金額を一三八万八六八四円として計算した額を超える部分の取消しを求める限度で理由があるから、右部分を認容することとし、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 栄 春彦 裁判官 武田美和子)

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